| (明治38(1905)年7月15日 | 国鉄奥羽南線(湯沢〜福島)開通) |
| 9月14日 | 奥羽線全線(青森〜福島)開通) |
| 大正13年 | 雄勝電気鉄道株式会社 湯沢〜西馬音内間 免許申請・交付 |
| 大正14年 | 雄勝鉄道株式会社設立総会 |
| 昭和3年8月10日 | 湯沢〜西馬音内 開通 |
| 昭和10年 | 西馬音内〜梺 開通 |
| (昭和12年 | 梺〜田代 湯沢〜西馬音内 バス路線開通) |
| (昭和17年 | 田代〜西馬音内 バス路線延長) |
| 昭和18(19?)年 | 羽後鉄道株式会社となる(横荘鉄道株式会社・福島バス等と合併) |
| 昭和27年 | 羽後交通株式会社に社名変更 |
| 昭和42年11月30日 | 梺〜西馬音内間 廃止 |
| (昭和46年 | 横荘線廃止→横荘線で使用の車輌が雄勝線に転入なる) |
| 昭和48年3月31日 | 西馬音内〜湯沢 全線廃止 |
路線概略図
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その後は湯沢〜西馬音内間のバス路線は「雄勝中央病院〜湯沢文化会館前」経由と「トロ橋〜倉内」経由があったが、深堀(山田駅)地区、貝沢地区内は公共交通機関を失ってしまった 貝沢の人は「柳田橋」、山田駅を利用した人は「トロ橋(西馬音内〜湯沢間)」、または「松ノ木(湯沢〜切畑・石塚間)」が最寄バス停になるとおもわれる その後、沿線住民の「再び雄勝線の経路でバス運行を!」と云う強い希望で、廃止後約20年の平成5年頃から、朝・昼・夕約3往復でほぼ同じ経路で路線復活となる。しかし、意外に利用者が伸びず、平成12年頃バス路線も再び運行休止となった 廃止直後にバス路線に引継がれたならまた状況は変っていたと思われるが、当時圃場整備などで土地が整理されてた時代でもあり、現在「電車道(でんしゃみち)」と呼ばれる深堀〜貝沢間の道路は路線いちとは数十メートル離れて整備されている (ちなみに当該地域(線路脇)に住む同級生は学生時代の冬期にこのバスを利用し「便数は少なかったが湯沢に行く際とても便利だった」という話をしてくれた。以前、最寄のバス停まで15〜20分ほど歩いたのが、5分以内で行けるようになるのだからその差は大きいと思う) |