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湯沢市のMさんよりメールで思い出話の投稿を頂きましたので掲載いたします ありがとうございます
昭和30年代。湯沢東小学校(現在のお城山麓の高級トイレ付近にあった)5年生の遠足は、電車での旅であった
湯沢駅から乗車し神社風の駅舎の「あぐりこ」で下車するのである
一学年が200人以上いたから、客車では当然乗れず、貨物車も利用した
現在ではほとんど見られないが、あの屋根の無い貨物である。客車2、貨物車1の三両連結だったと思う
雨が降らなかったのが幸いであった
ただ、貨物車に子供を乗せたら今なら、たぶん全国からマスコミが殺到し、校長は左遷ではすまない大事件だと思う
今にして思えば、のどかな良い時代であった
あぐりこ駅
羽後町在住Nさんのご協力を得ました
この鳥居の手前に県道が走り
県道を挟んであぐりこ神社の入口だったそうです
この鳥居はあぐりこ神社の物ではなくて
この駅のものであったというのも不思議です
一体何のための鳥居??ほわ?(」゚△゚)」
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私(昭和18年生)が小学生時代、郡市の小学校陸上競技大会の会場は現在もある三輪グランドであった。
私は応援団員の一員として参加した。
本当は選手として参加したかったが、何しろ当時のわが母校、湯沢東小学校は1学年が200名を越えていて、選手になるのは至難の技でいつも補欠というのは名目で応援団員としての参加であった。
湯沢駅から電車に乗り貝沢か赤袴を越えたあたりで、友人の一人Aが、当時としては命より大事な弁当の入った風呂敷を落としてしまった。
Aは直ちに走っている電車から飛び降り、弁当を拾うと電車の後を追いかけた。
彼は選手であったが、さすが飛び乗ることはできなかった。
そのまま電車の後を走りつづけ無事、三輪駅に到着。彼の足が速いこともあるが、走っている電車から飛び降りても怪我などしない、それほどのどかなロ−カル線であった。
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